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東京高等裁判所 昭和24年(新を)1213号 判決

被告人

小熊吉一

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

前略

控訴の趣旨第一点に対する判断

凡そ裁判所が刑法第二百十一條所定の業務上必要な注意義務を認定するには必ずしも之を証拠に基いて認定することを要するものではなく其の業務の性質に從い條理上当然要求せられるものなることを説示すれば足りるものと謂はなければならない、同條所定の注意義務は法令に基き、或る業務に從事する者は勿論契約其の他の慣例に從つて或る業務に從事する者が其の業務の執行に際し法令に定めた注意業務の外尚其の業態に應じ條理上当然要求せらるる一切の注意義務を包含するものであつて右注意義務は業務の性質に應じて異り各具体的の場合に從つて之を決定すべき問題であつて裁判所が右注意義務の認定に当つては條理に基いて之を判断し敢て証拠に依拠することを要するものではない、本件記録を査閲するに原判決は被告人は肩書地に於て食品添加物として重曹を販賣して居つた者であるが昭和二十四年三月二十三日其の店舖に於て長内ヨシに対し重曹一袋を販賣するに際し業務上の注意義務を怠り毒物たる亞砒酸を重曹と誤信し其の内容物の点檢をも爲さずして漫然之を重曹なりとして賣渡した結果之を買受けた長内ヨシに於て翌日其の自宅に於右亞砒酸を重曹なりと信じ之を蒸パンの製造に使用し該蒸パンを同人の二男忠男に食せしめ因て同日同所に於て同人をして中毒死に至らしめたものである旨判示し弁護人所論の如く原判決が被告人の業務上の注意業務を証拠に基かずして当然のことであるとして認めて居ることが明白であるが凡そ斯る場合食品販賣業を営む者としては亞砒酸の如き毒物に付ては其の毒物たることを表示し且他の商品と区別して嚴重に之を保管し重曹と混同して販賣することなきよう周到な注意を拂ひ以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務を負担すべきことは條理上当然要求せらるるところであつて若し被告人が其の際重曹の販賣に付敍上の注意を拂つたならば斯る事故を発生することがなかつたものと謂うべく右事故は食品の販賣業を営む被告人が自己の業務に属する重曹の販賣に付前記のやうな周到な注意義務を怠つた結果発生するに至つたものと断ずべきである斯る業務上の注意義務は被告人の業務に伴ふ重曹の販賣の際條理上当然採らるべき措置であることは右説明に依り明かな所であるから原審が被告人の業務上の注意義務を認定するに当り敢て証拠に依拠せず事理の当然である旨説示したのは正当であつて弁護人主張の如き証拠に基かずして罪となるべき事実を認定したとの主張は控訴の事由として之を採用することが出來ない論旨は理由がない。

以下省略

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